子供はいつか大人になる

5月5日は子供の日。

個人飲食店の店主として、今、感じている将来の不安を書かせてもらいます。
『今の子供達が大人…もしくは大人予備軍になった時、個人飲食店を利用してもらえるだろうか?』
僕:「どこかに旅行するじゃんか、その時スマホで美味しい店とか探す?ファミレスとかファーストフード?」
ス:「ファミレスとかですね。」
僕:「。。。。。」
僕:「出掛けた時、個人飲食店に入る?」
ス:「帰ってきてスーパーで食材買って自分で作ります。」
僕:「。。。。。」
僕:「俺さぁ、おにぎりが大好物なんだよ!」
ス:「俺もですっ!コンビニのおにぎり超旨いっすよねー!」
僕:「。。。。。」
僕:「お前が良く行く○○(某居酒屋チェーン)のすぐ裏の△△(洋風居酒屋)って知ってる?」
ス:「えっ?知らないです。」
僕:「えー!んじゃー□□(居酒屋)は行ったことある?」
ス:「えっ?…って言うか、その辺にお店なんてありましたっけ?」
僕:「。。。。。」
パンチャの若いスタッフ(大人予備軍)との会話。
一般論では無いかもしれないが、飲食店で働く比較的“食”に近い若者の意見であることに不安を感じずにはいられない。
彼等が外食するということは、ただ単に食欲を満たす為だけなのか?
否 、ファミレスやコンビニだって美味しいものが沢山ある。不味い食事を探すほうが難しい時代だ。満足感も伴っての選択なはずだ。それらを否定したい訳ではない。
僕もよく利用するしね。
最近、考え方も柔軟になった…って言うか、心が折れた。
化学調味料とか防腐剤とか、身体に悪いって可能性もあるよ。実際、実験結果として出ているものもあるだろう。だけどさ、それらを全部禁止して、腐ったものを食べさせられたら、それで死ぬ人も出る訳でしょ。あくまでも可能性の話。実際、薬蔓延の食の社会でも寿命は延びてる。医療の進歩があったとしてもね。
これだけ広がってしまった社会の食の安全を保つなんて、ケミカルなものでもないと無理だよ。今更、社会を狭くして生きてくのは嫌だし。
極論を言えば、食に気をつけていても事故に合う場合もある。
何を食べて生きて行くかは、自分で決めればいいよ。ちょっと勉強してからね。
自分で決められない子供達の食は気遣ってあげられる大人でいたい…とは思うけどね。
僕は、なんでも同じ後味になっちゃう化学調味料は、つまらないから使わないよ。料理が好きでしてる仕事だからね。
あ、話がそれた。若者の話。たぶん…生まれた時から不況の中で生きてきた彼等にとって、確率的に失敗の少ないフランチャイズのお店が“食の場”として記号化されており、そのすぐ隣の個人店などは目に映らないものとして景色に溶け込んでしまうのだろう…

どーすりゃ良いんだろーねー。。。
牛丼280円で食事が済んでしまう世界。
それでいいとする世代。
始めてのデートの食事が牛丼でも、「おいしいねっ☆」って笑顔の女の子のほうが性格良い気がしちゃうもんなぁ。
あ、僕も牛丼好きですよ。でもね…

小さい店ながらも15周年を迎えるパンチャ・ピエーナ
「十年一昔」と言われた時代は昔の話。「十年大昔」と言われる流れの早い時間の中、パンチャを通して見つめた“食”の移り変わりは激しく、僕の思い描いていたものとはどんどん離れていきます。

時代に合わせて変化したものだけが生き残れる社会。
でもさ…でもね…
今の食の流れは違うーーーっ!…って叫びたいんだよね。

僕が知ってる、狭い深谷市の個人飲食店だけでもね、凄い料理をみんな出してるんです。スゲーうめーのさ。真面目だし。
そのお店が、一つでもなくなるのが嫌なんです。
やめたいのなら仕方ない。色々あるからね。やめなきゃ…ってなるのが嫌なんです。

理想ばかり言ってても仕方ありませんが、理想も語れないのはもっと仕方ないと思うんです。
高い理想ってさ、見上げて首が痛くなって、あきらめて登るのやめちゃうじゃんか。まずは足元の小石を軽く足で払ってみよー。ってな感じ。
何から始めればいいのかのぉ。。。
「外食って楽しいし格好良いよ!」って感じにするのが良いかしら。
若いスタッフさんに、色々相談にのってもらおーっと。
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